2018年2月28日水曜日

炭の直火さえあれば 沖縄の冬は暖かい


 真冬にはマイナス10度前後にもなる雪国・長野の駒ケ根から、沖縄に移住して早9年。
 駒ヶ根時代には広い18畳ほどの蔵にて薪ストーブを焚きつづけ、ストーブの周囲2~3m圏内にて、4畳半的生活を楽しんでいた。
 南国・沖縄の寒さは手焙り火鉢1個で充分寒さはしのぐことができ、たとえ室内温度が15度以下にさがっても、火鉢2個でも熾そうものなら室内はぬくぬくと暖かくなり、気がつけば半袖アロハに短パンという具合である。      
 もちろん南国・沖縄ということもあるが、正月近くなると炭火が恋しくなり、お餅を焼く口実ついでに12月あたまには、物置から炭と火鉢をガサゴソ取り出し火を熾すのである。
  30cm四方の角材2個に琉球松の長板を載せ低めの食卓とする。お餅を焼きスルメをあぶり、湯を沸かしてお茶を淹れ、焼酎をお湯で割リ湯豆腐つついて体を温める。夜ごと集うサバニ仲間らは、楽しさのあまり時を忘れ世が明けることも。







緋寒桜の哀しみ、海より深く

 ここ沖縄では2月中旬を過ぎると、日中気温は20度を超え「緋寒桜」はアッという間に花は散って葉桜となり、時おりさえずるウグイスの鳴く声に「春」の訪れを感じる。
 今年2月の名護市長選の結果は、辺野古新基地建設推進派が反対派に獲って替った。欠陥ヘリ・オスプレイ100機配備に名護城跡の桜が泣いている。










2018年2月4日日曜日

「死に損ない」?

昨年夏、畳に寝る事を拒み、死にものぐるいで外で遊び続け、一ヶ月ものあいだあえて大地の上で眠り続けた。
真剣に、かつ慎重に、圧倒的な大自然と向き合い、共に歩む仲間を通して「己」の強さと弱さを知る。
自分自身と向き合う中で、歩んできた過去を想い、ほんの少しの未来を考える。
その旅を通して、己の歩むべき人生の道標(みちしるべ)を想い描き、その目標を見定め、その描く世界を目指す。

旅を終え、現実の世界へと戻リ、想い描いた「未来」を目指し、その後の日々を真剣に生きる。
「眠り」さえも削りながら、二ヶ月ものあいだ死にものぐるいで、やるべき「仕事」と向き合い、旅を通して知り得た「生きる力」を仕事として吐き出す。

旅を通して知り得た「感動」からくるスケッチと、吐き出す「仕事」としてのスケッチは根本的に異なる本質を内包する。

旅のスケッチは、己自身が旅をとおして「知り得た感動の喜び」であり、あくまでも一個人の身勝手な経験からくる人生の喜びの「メモ」なのだ。
仕事のスケッチとは、人、つまり相手あっての物事であり、相手が求めていることを理解・考慮し、それに関わる多くの人たちと真剣に向き合い、かつ誠実をこころがけた「人を喜ばせるためのスケッチ」である。
つまり、物心ついたころから描き始めた「楽書き」に始まり、スケッチ、イラストレーション、グラフィック・デザイン、そしてアートディレクションの経験から積み重ねた「楽描き」という、己のこれまでの人生で知り得た知識と技術を通しての「人生のスケッチ」の集大成なのである。


その旅のあと、二ヶ月ものあいだ休まず「仕事」と向き合った結果、とつぜん気絶し倒れ、人生で初めて救急車搬送による、これまた人生で初めての入院という貴重な経験をしたのだった。 
その後しばらくしてある人から、とあることで「死に損ない」と呼ばれた。
死に損ない…、結構!
いいじゃないか、人は「生きてこそ」である。
これから先「死に損ない」として、
これからも自分自身を堂々と生きようじゃないか。
人生の スケッチを眺めつつ……