2017年5月23日火曜日

ヤドカリ ハウス Online SHOP Open!

  Online SHOP Open! 

 なんと、わたし伊東孝志のお店・オンラインショップがオープンしました。屋号はこころの師匠に敬意を込め YADOKARI house・ヤドカリ ハウス と命名。
 とりあえず 注染・手ぬぐい3種(ガジュマル2アイテム、サバニ3アイテム、ブーゲンビリア2アイテム)計7アイテムと、オフセット美術印刷プリント絵8枚(海風・蘇鉄夕景・山原船後姿・サバニ後姿・アダン幼実・赤岩と松・走る海老汁・山原船後姿)を額縁に収めて販売を始めました。
 今後、月いち枚のペースで手ぬぐいの新作を発表する予定で制作を進行しています。乞うご期待!
 とりあえず オンラインショップ・YADOKARI house 覗いてみてください。

 そのうちアウトドアにちなんだ単行本や小冊子・漫画なども発刊して YADOKARI BOOKs・ヤドカリ ブックス として販売する予定なので、まったくフラフラ道草なんかやってる場合じゃないヨ! 
 もっと死ぬほど遊んで、どんどん作品を作らなきゃ!
みんな、今後とも よろしくね!




2017年5月22日月曜日

と〜と〜 トイレの神よ…

極悪法[共謀罪]を 三万光年かなたに!

 

 某月某日、ラジオで[共謀罪]の国会採決を聞きながらデスクワークをしているふりをしていたら、パソコンのマウスまでが調子悪くなり、昼飯ついでに近くの某・家電量販店に立ち寄るハメになった。
2階のシロモノ家電コーナーは迷子になりそうなくらいダダッ広く、サングラスが欲しくなるほどの眩しいケイコー管ビッカビカ照明に、テレビやオーディオ・サンプル音に各家電メーカーのインフォメーション・デモモニターCM音や店内インフォメーションなどなど、まるでどこかのパチンコ屋のような猥雑音に溢れていた。
 小学3年生の夏休みに初めて電気が通じ、夕方5時から夜9時までの4時間のみ文明の灯・白熱電球40wを眩しがっていた奄美・加計呂麻原人にとって、この猥雑音の中は5分もいると精神錯乱一歩手前のココハドコ?状態なのである。それにしても「共謀罪」採決、ひどいはなしである。ここは法治国家か、ニッポンか?〜などと違う事を考えていたら、一緒に買い物に来たはずのカミさんと娘のふたりは、どこにいったか広い店内で はぐれてしまった。

 出口の階段手前にて、脱走寸前の加計呂麻原人の目に飛び込んできたのは、白いウォシュレットのサンプル・モデル。フラッと近づいたら「はいどうぞ!」とばかりに、勝手にトイレカバーが開くではないか!
 誰かがこっそり遠隔操作で開けたのかと周りを見回してもそんな様子はまったく無い。
それではと買う気はサラサラ無いが、ソ〜ッと恐る恐る座ってみた。 
 するとズボンをはいたまま便器に座ると,そのままウンコをしそうで不安な気持ちになり、はいているズボンに違和感をおぼえる。そこで、ソ〜ッとズボンをおろし、パンツいっちょで座ってみた。
 ん〜〜やはりパンツもほんの少し違和感がある……と、そこへクスクス笑う娘がスマホをこちらに向け「カシャッ!」

と〜と〜決定的瞬間を撮られてしまった。


よい子のみなさん、決してマネはしないように。
そのうち、共謀罪や治安維持法でしょっぴかれるからね!

〜という「悪い夢」を見た。

世が世なら  
共謀罪とアベシン ゾォ~は 天誅だッ!




アダン幼実

南の島の守り神

 オレンジ色に熟れた真夏のアダンの実はだれもが記憶にある景色だが、1~2月のアダンの幼実は葉っぱと同じ緑色。かたく絞(し)まった小さなその実は真冬のつめたい潮風にさらされて、春の陽射しの温もりをただひたすらに待ちわびている。
 アダンは南の島の海と山のいのちをつなぐ「守り神」。その証に護岸工事という名の環境破壊にともなうアダンの消えた砂浜は、カニやヤドカリがいなくなり、ウミガメもアダンの木陰を失い卵を産めなくなる。手前のサンゴ礁も次第に荒れはて海藻も消え、やがて魚たちもいなくなってしまうのだよ。

2017年5月21日日曜日

バックパッキング




 テントと小さなタープ、そして大中小の細引きを数本とコンパクトな十徳ナイフ(スイスアーミーナイフ)をひとつ。寒さに備えた重ね着用長袖シャツ長ズボン、そして替えの下着と靴下とウインドブレーカー兼レインウエアをワンセット。ホーローカップと小さなケトル、そして一人用のクッキング道具と食料を少し。ダウン・シュラフに小さめのエアーマットを丸め、地形マップとコンパスの諸々をザックにコンパクトに詰め込み、夜明けと共に我が家をひとり静かに出発し地図の目的地を目指す。
 朝陽に祝福されたきみは最終駅に降り立つまでの数時間、地図を眺めてはまだ見ぬ渓谷や大自然の雄大な景色に想いを馳せ、昨夜の旅のプランニングを意識の中で確認しながら、車窓に流れ去るいつもの見慣れた街遠くに輝く太陽を眺めることだろう。
 はじめてのバックパッキングなら標高1500~2000m級の中低山を目指すといい。清流添いの里山をぬけ細い山道の渓谷を通り、陽光降り注ぐミズナラ林の登山道を地図を片手にマイペースでその日の目的地・キャンプサイトへとたどり着く。そうそう、山道や登山道を歩く時には背丈とおなじ長さで親指の根元くらいの太さの木の枝か丈夫な竹の杖(つえ)を拾い、旅の終わりまでお共にするといい。凸凹のガレ場や河原を歩くのに杖として安定するし、キャンプの時にはタープの支柱や物干竿として、森林限界域においては細かくして小さな焚き火に。また時には身を守る防具にだってなるからして原野を歩く者は1本の棒切れをつねに担ぐのである。
 渓谷の河原の片隅でテントを設営し、夜の帳(とばり)が下りてくる頃にちいさな焚き火を熾し湯をわかす。温かい飲み物をとりながら簡単な夕飯をすませる。焚き火横に寝転び見上げると暗闇の谷間に星空が輝いていた。焚き火の炎をながめつつ燃えゆく熾き火の美しさに見入れば、遠くのフクロウの鳴き声を夢枕に、歩き疲れた疲労感が深い眠りへと誘ってくれる。
 小鳥のさえずり、そして渓谷のせせらぎの音に目覚め、ファスナーを開けテントの外へ出る。朝霧が覆っている河原に山の端から朝日が差し込んで水面がキラキラ輝いている。大あくびをしてからだ全体の筋肉を伸ばしながら、さぁ~て、今日はあの山の頂上を目指すぞ!

 そんなこんなで大自然の懐を旅する時には一人旅をおすすめする。
 なぜなら初めて見る渓谷や山岳の原野の中では、チョットした探検の喜びと冒険のスリルに満ちあふれているし、なにはともあれ一人旅には、マイペースという自分自身の時間軸で全ての事が進められ決断するという「自由な時」が存在しているのだ。
 衣・食・住の最低限の道具を背に担ぎ、自分の時間と自分の足で歩き、陽に照らされ、風に吹かれ、雨に打たれてもなお己の汗と筋肉の力で山の頂きに立ちつくし、その雄大な景色を体験すれば、人みなそれなりに生きる喜びを実感できるものだ。
 そんなたった一人のバックパッキングの旅を数日過ごしてみれば、帰りの電車の中には数日前のきみではなく、自由な時とともにほんの少し一人前に成長したきみが、車窓に流れるいつもの見慣れた街の遠くに、あの山の頂きで見つめた真っ赤に輝く夕陽を眺めることだろう。

真実は旅にあり  知る事のよろこび






2017年5月10日水曜日

サバニ 風と波



 

 サバニを描く。  
 幾つかのサバニ旅を通して多くの風と波を越えてきた。
 ときに高波6mの巨大な外洋のウネリを3人で4~5時間ただひたすら漕ぎ続けた。また沖縄・本部港から宮崎・日南の油津港840kmの旅の途中、奄美大 島・大和村今里から方位・北北西60kmにある横当島・東方20km沖を、右舷45度に転舵しさらなる北東40km彼方の宝島を目指した。
  風速13~14mの横風のなか、左舷から押し寄せる高波4~5mの波頭崩れる荒海の中、30秒ごとに左舷アウトリガーを越えた大波が船内に飛び込んで来 る。排水を繰り返しながらの全航程104kmの奄美~宝島間8時間半のサバニ旅は、宝島手前5km沖の真後ろの風を受けた瞬間14ノット・ kn強(時速 25,7km)を記録し、波と波の間をまさに飛んでいる状態だった。 
 サバニの向こうに越えてきた波を描く。
 舟底あたりに2mの波、舟の舳先まわりに4mの波頭崩れる荒波を、そして弥帆(やほ・舳先の帆)上部向こうに右舷にせり上がる6mの外洋うねりの巨大な高波を。
 サバニ・レースと島々を航るサバニ旅を幾つかくりかえし、これまで延べ3,000余kmの海を航り継いだ15年目にしてやっと、理想のサバニの姿を描くことができた。

 それを[手ぬぐい ]に染め込み 新たな サバニ旅 へと 船出する。

我は 琉球王国・海洋民族の末裔なり